第2回(全3回)内部監査と組織文化~
企業価値向上への内部監査部門の貢献~
不健全な組織文化の弊害について

合同会社御園総合アドバイザリー/弁護士法人御園総合法律事務所 顧問
米国公認会計士・公認内部監査人・公認不正検査士

渡辺 樹一

第1回では、組織文化とは何かについて、企業経営における組織文化の重要性と、組織文化・企業文化の形成要素という側面から解説致しました。今回の第2回では、不健全な組織文化が企業経営にもたらす弊害についてお話させていただきます。

目次

3.組織文化・企業文化と「組織の閉鎖性の弊害」

「組織の閉鎖性の弊害」という言葉をご存じでしょうか。「蛸壺現象」、「サイロ現象」と呼ばれたりもします。「経営効率の観点から、組織の細分化、専門化は不可欠ですが、細分化、専門家された組織への権限移譲の仕方によっては大きな問題を発生させることがある」というのが「組織の閉鎖性の弊害」です。

上記の2の(2) 組織毎の異なる文化、(3) 組織体の拡張、(4) 役員間のコミュニケーションの3つの要因の問題点が、実際の経営実態として現れる現象として「組織の閉鎖性の弊害」があり、もしもその状況を経営者に報告することができれば、それは、内部監査部門の存在意義を経営者に強くアピールすることとなります。なぜならば、自社における「組織の閉鎖性の弊害」の発生状況の把握は、経営者が知るべき経営上の隠れた瑕疵を浮き彫りにし、経営者よる瑕疵の解消を可能にするからです。放置しておけば企業価値の毀損リスクが高まっていた組織を企業価値向上の組織へと戻すこととなりますのでその効果は絶大です。

上図の【図表3】をご覧ください。こちらに、組織の閉鎖性の弊害を①~④まで4つ記載いたしました。上から、①「各組織内の従業員が、それぞれ自分の組織以外で 何が起きているのか知らず、また、知ろうともしなくなる。」②「自分たちの文化やルールが当然なものに思えてしまうため、それらについての 適切性や見直しの必要性などについてあらためて考える努力をしなくなる。」とあります。また、深刻度が増した段階の③と④は経営者にとって非常に重要です。③「細分化させた組織が、組織としての部分最適を求める傾向となりがちとなり、企業としての全体最適を追い求める視野を失う」、④「細分化された組織が根を張ると、リスクが見逃され、 魅力的なビジネスの機会も見えなくなってしまう。」というところです。それぞれの項目について、スライドの右側にどのような弊害があるのかを例示致しましたが、赤い字の、「業務の効率性を失う」「業務がブラックボックス化する」あるいは、「リスクが放置される」、「企業体の経営理念と相いれない独自の組織文化を作ってしまう」といった、企業価値の毀損に繋がる弊害だけではなく、青い字の「イノベーティブな共創力を失う」、「企業体としての全体最適を失う」、「部門間シナジーを作り出すことができない」、「ビジネスの機会を逃す」は、企業価値の向上にネガティブに影響するものでもあり、企業は、これらの弊害を、組織間の連携と組織間、組織内の良好なコミュニケーション等により克服してゆかなければなりません。

4.組織文化・企業文化における問題点が内包されている事象や情報

次に、組織文化・企業文化における問題点が内包されている事象や情報について以下、列挙します。これらは全て、組織文化・企業文化を評価するときに考慮すべきものであり、企業の経営上の重要な問題を提起している場合が少なくありません。

(1)ハラスメント

ハラスメントは仕事のパーフォーマンスを下げる累積的で長期的な要因となります。「ハラスメントは組織文化の影響を受けている発生することがある」、また「ハラスメントは組織の生産性に影響を与える」という双方向の側面があることから、ハラスメントの状況は組織文化の一部を形成するものということができます。組織体に蔓延するなど、深刻化した場合は取締役会の監督事項の一部となり得るものですから、経営者は、ハラスメントに関するリスクを適切に管理する責務を負うこととなります。従業員に対して、今まで見えていなかった事業構想を思いつけるような広い視野・高い視座・鋭い視点を身に着けさせる、変化する社会情勢の動きへの理解力やビジネス情報の活用力を養うなど、イノベーティブな組織風土を作るための人材教育をいくら施しても、職場環境にそれを許さない、あるいは受容しないような風土があるならば、人材育成の効果は消失してしまいます。

また、ハラスメントは組織文化の影響を受けて発生することがあると申し上げましたが、前述の2.(ii) 組織毎の異なる文化で述べた下層文化はパワーハラスメントと関連性があります。例えば、パワーハラスメントの背景として「多様性の受容度が低い組織文化」があるケースがあります。「多様性の受容度の低さから自分の経験や価値観だけを判断基準とし、自分とは違う感じ方や価値観に気付いていない。」ということが原因となっているケースがあり、「自分達は上司から怒鳴られたり、理不尽なことを言われたりしながら、それを乗り越えて成長した。部下もそうあるべきだ。」などの思考が職場を支配している、管理職が多忙な中で、過度なプレッシャーを抱えており、心の余裕を失い、感情の制御ができないという事例は、調査報告書でも多く報告されています。また、近時では管理者層には若年層との価値観の相違に加え、デジタル革命などで業務内容が変わってきた焦り、その苛立ちが管理者層のパワーハラスメントに繋がっているケースもあろうかと推測します。パワーハラスメントは、従業員のやる気を阻害し、従業員が十分に能力を発揮できなくなる状況を作り出すことから、職場の生産性を低下させ、且つ人材流出の要因となりますので、経営陣にとっては重要な管理対象の一つであるといえます。

(2)内部通報制度の不活性化

「活性化している状態の内部通報制度」は、企業にとっては、違法行為に対する抑止力であるとともに、不祥事発生を直ちに、自社による自律的な是正に繋げてゆくためのツールであるということができます。内部通報制度が根詰まりを起こしますと内部告発(従業員による第三者への情報提供)のリスクが高まります。企業内で不正が発生した場合に、経営上層部の認識がないままに内部告発が行われますと、企業による自浄作用を発揮する機会が失われ、更なる社会的信用の毀損を招くこととなります。多くの企業不祥事事例において、企業風土と内部通報制度への信頼性との相関が指摘されており、「自社の従業員にとって内部通報制度は活用できるか」、また、「従業員が活用できないと評価している場合は、それはなぜなのか」は、経営陣が知るべき重要な情報です。自社の各組織で、同じような状況となっていないか、役職員への意識調査等にて調査、把握することが肝要です。

(3)従業員満足度調査(エンゲージメントサーベイ)

 経営理念や経営ビジョンに対する意識、職場の風土、職場での人間関係や意思疎通、仕事へのやりがいや意欲、業務負荷、直属の上司の仕事ぶりについての思い、人材育成や人事制度についての満足度等についての調査を毎年行っている企業は多いです。エンゲージメントサーベイの結果そのもの、即ち従業員の満足度の高さが必ずしも組織文化の適切性を物語るものではありませんが、「職場は、業務上の悩みや課題を相談しやすい職場か」や「上司からの指示に疑問を感じたときに質問したり意見を言ったりすることができるか」、「新しいことに挑戦できる(失敗を許容する)職場風土があるか」などの職場環境の風通しの良さについての質問への回答結果や、エンゲージメントサーベイ課題への企業の対応状況は、組織文化の実態の一部を示唆するものということができるでしょう。

(4)コンプライアンス意識調査

コンプライアンス意識調査は、「企業倫理、法令遵守に関する従業員の意識や職場の風土についての現状を把握するとともに、従業員へそれらに対する「気付き」を与えて意識の高揚を図り、コンプライアンス経営に関するこれまでの企業の取組みやその定着度合いを評価し、今後の活動の改善に繋げる」という目的で多くの企業で行われています。組織文化は、「企業価値の向上に向けて醸成すべき文化」であるという側面もあることから、コンプライアンス意識調査の結果そのもの、即ち従業員のコンプライアンス意識の度合いが組織文化の適切性の全てを示すものではありませんが、「職場の風土に関して、企業倫理・法令遵守の観点から問題があると思うか」、「企業倫理・法令遵守の観点から問題となる事象を発見した場合、どのように行動するか」など、倫理に関する職場風土についての質問への回答結果や、コンプライアンス意識調査への企業の対応状況は、組織文化の実態の一部を示唆するものとなります。

(5)内部監査における不適合の理由

内部監査において重要なことは、内部監査において「不適合」や「気付き事項」を発見した場合には、それらの事象そのものに注目することに止まらず、「なぜ発生したのか」を明らかにすることです。なぜならば、不適合等の根本的な理由がわからなければ、適切な改善提案を提示することはできませんし、その不適合等の理由が組織文化の劣化に起因している場合は、その組織文化に関する問題点を解消しない限り、同じ不適合が繰り返し起きることとなってしまうからです。例えば、従業員により業務規程に違背する行為が行われた場合、その理由が「従業員による規程への理解不足」であれば規程を理解するための研修を行う、「従業員による規程遵守への意識の低さや欠如」であれば倫理研修を行うという対処策を講じることとなりますが、「規程そのものがあいまいであり分かりにくい」、「規程がtoo much(過剰)である」、あるいは「規程が陳腐化している」ことに起因している場合は、規程の改訂が必要となります。業務規程の場合、通常、規程への違背行為を行った従業員が所属する部署が、その規程の主管部門となりますので、主管部門に企業価値向上への健全な組織文化が根付いていれば規程改訂へのアクションが取られていた、との見方もできましょう。また、従業員が規程に違背するとわかっていて、敢えて違背行為を行っているケースでは、「人員不足により規程に定められた手順を遵守する時間がない」、「その人員不足の実態を訴えても上司が人員増を上程しない」といった組織上、あるいは組織文化上の問題が内包されている場合があります。

(6)その他

 その他、以下に限ったものではありませんが、組織文化・企業文化の実態が現れる事象としては次のようなものが挙げられます。

  • 組織体のコーポレートガバナンスに対する姿勢
  • 経営と現場の乖離
  • 顧客からのクレームの頻度、内容と営業部門における顧客クレームへの対応
  • 取引先からのコミュニケーションの頻度と内容、取引先への対応と接し方
  • 組織体が法的な問題に直面する頻度とその内容
  • 開示した不祥事に関する是正措置の適時性と有効性
  • 従業員の離職率と離職の理由

以上、不健全な組織文化が企業経営にもたらす弊害には多々あることを述べました。「不健全な組織文化は、ハラスメントの多発や内部通報制度の不活性化、従業員のエンゲージメントの低下、コンプライアンス意識の低下を招き、不正の温床となると同時に、組織の生産性の低下や経営者が経営上のリスクを把握できない状況を招く、また、場合によっては組織の閉鎖性の弊害を引き起こし、総じて企業価値の向上への足枷となる」ということがお分かりかと思います。次回の第3回(最終回)では、健全で且つ自社にとって適切な組織文化をどのように創り、醸成してゆくことが考えられるのか、また、内部監査部門が自社の組織文化にどう向き合い、自社の適切な組織文化創りに貢献しうるのかについて考察したいと思います。

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