
合同会社御園総合アドバイザリー/弁護士法人御園総合法律事務所 顧問
米国公認会計士・公認内部監査人・公認不正検査士
渡辺 樹一
フォーブス誌は、かつて「文化は監査で最も見落とされる要素であると述べ、「文化の監査は、企業の中核的なDNAを浮き彫りにする。それは、意思決定、問題解決、および部門の枠を超えたコミュニケーションプロセスを導くものである。(※1)」と指摘し、日本内部監査協会の月間監査研究(2017年6月1日発行)では、「組織文化の監査は、あらゆる監査業務に組み込み、組織体が継続的モニタリングをするための基礎を提供し、内部監査人が早期の警戒信号を見つけられるものにしなければならない」旨のIIA国際本部理事会の上級副社長(当時)アンゲラ・ウィッツァ-ニ氏の言葉を紹介しています。(※2)
これらの貴重な文献は、内部監査部門が組織文化に取り組む意義を深く示唆したものですが、本稿では、日本企業を取り巻く現在の経営環境や制度面での変化等を踏まえ、各企業の内部監査部門が、組織文化に対してどのように向き合い、如何にして経営に貢献してゆくべきかについて考察したいと思います。適切な組織文化の醸成に向けて採り得るプロセスや施策等についてもご紹介させていただきますので最後までお読みいただければ幸甚です。
なお、本稿においては、『「企業文化」は、企業内の組織毎に存在する「組織文化」の集合体である』という概念で記述しております。
目次
1.企業経営における組織文化の重要性
(1)企業価値の向上に向けての組織文化の重要性
今、企業価値の向上に向けての組織文化の重要性が問われています。2015年に施行されたコーポレートガバナンスコードは、上場企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上のための自律的な対応とそれによる経済全体の発展を目指したものですが、コードの基本原則2の後段では、「取締役会・経営陣は、ステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動倫理を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである。」旨の記述があります。コードの施行後、健全な企業文化の醸成は取締役会・経営陣が取組むべき重要課題であり続けてきたわけですが、近時においては、以下に見られる経営環境の変化やそれに伴う経営者の考え方の深化が顕著なものとなっています。
(i) EGS経営や第4次産業革命(DX)(※3)が叫ばれる中での、目指すべきビジネスモデル、経営戦略と保有人材、人材戦略の乖離の拡大
- ESG経営志向の高まりやデジタル化の動きに代表されるように、企業を取り巻く変革のスピードが増す中で、目指すべきビジネスモデルや経営戦略と、足下の人材及び人材戦略の乖離が大きくなってきており、この乖離を地球規模においてどのようなスパンでどのように適合させていくかは、経営者にとっての大きな経営課題となってきています。
(ii) コロナ禍での組織開発(※4)の必要性
- 新型コロナの猛威が依然として世界を覆う中、これまで経営の前提となっていた多くの物事が変化し、外部環境の変化を踏まえての既存のビジネスモデルの見直しや経営資源の再配分が必要となってきている企業も増えており、経営者の関心事は、リモートワークなどの緊急対応や働き方改革から、会社を再成長させるための組織開発へと移りつつあります。
(iii) コーポレートガバナンスコードの改訂に伴う多様性のある人材確保の重要性認識への流れ
本年6月のコーポレートガバナンスコードの改訂のポイントは、①取締役会機能の強化、②企業の中核人材の多様性の確保、③サステナビリティ(EGS要素を含む中長期的な持続可能性)に関する開示の充実の3点にありますが、うち②については、関連するコードは、上場会社に対し、「女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標とその状況」と「多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針及びそれらの実施状況」の開示を求めています。(※5)このことにより、経営者は、自社の人材や人材戦略自体が、経営戦略自体の可能性を広げることをあらためて認識しつつ、「自社の人材戦略と経営戦略を同期させるプロセスを通して、中長期的な企業価値の向上に努めよう」との志向に誘われることとなります。
これらの経営者ニーズを実現させるのが、グローバルな成長を牽引できる経営人材の育成や確保、イノベーションの創出をリードする多様な人材の育成、発掘や確保、既存のオペレーション人材の機能・能力強化等の人材戦略ということとなりますが、そのような人的資本を自社に受容、培養し、活性化させることができる適切な組織文化がなければ、組織体に生まれる成果は限定的なものとなってしまいます。企業は自社の経営戦略に沿った人材戦略を立てると同時に、自社にとって適切な企業文化とは何かをあらためて明確化し、現状の企業文化を把握して、それらの間に存在し得る乖離を解消する方策を講じるべきであると考えます。
(2)企業価値の毀損防止に向けての組織文化の重要性

これまで企業価値の向上という側面から見た近時の経営環境の変化と経営者ニーズ、組織文化の重要性について述べてまいりましたが、組織文化の重要性が企業価値の毀損防止という側面からも重要であることは言うまでもありません。上図の【図表1】は、直近7年間(2014年1月~2020年12月)に公開された、従業員により引き起こされた企業不正、全83件についての調査報告書の分析結果ですが、それらのうちの9割弱の事例で不適切な組織文化が指摘されています。
従業員により引き起こされた企業不正とは、従業員が昇進や出世、保身、会社のためとの思い、あるいは忖度や使命感からの企業の行為として企業の外に向けて行う、不正会計やコンプライアンス違反のことです。(従業員不正全体から個人不正(従業員が個人的な金銭的利得目的で行う現預金の横領や購買不正等の会社資産の不正流用や情報の不正使用(インサイダー取引等)を除いた不正と同義です。)下図(【図表2】)は、それらの不正の継続期間(不正行為が始まってから経営者に発見されるまでの年数)問題のある組織風土、即ち、組織文化の劣化の内容を記述したものです。

図にありますように、「問題のある組織風土」の過半を占める「風通しの悪い組織風土」の中身は、総じて、「モノが言えない」、「自由に議論ができない」、「問題点が経営陣に迅速に伝わらない」といったものです。このような組織風土は、不正の温床となると同時に、赤い字のところ、組織の生産性の低下や、経営者がリスクを把握できないという状況を作ります。強調させていただきたいのは、「問題点が経営層に伝わらない」」組織風土は、経営者が知らないところで不正が長期間継続される組織環境であり、会社に大きな打撃を与えることです。図の不正の継続期間のところを見ていただきたいのですが、不正会計で平均5年、その他コンプライアンス違反では、平均で11年もの間、不正が経営者に発見されなかったのは、このような風通しの悪い組織風土が根本的な原因となっていることを強調しておきたいと思います。
以上、企業価値の向上と毀損防止という2つの側面から組織文化が如何に重要であるかについてお話致しました。
2.組織文化と企業文化、それらはどのように形成されるのか
「組織文化」とは、「組織においてその構成員が共有する価値観・行動様式」であり、主に個々の組織構成員の具体的な行動と組織環境・風土にあらわれます。組織構成員の具体的な行動は組織環境・風土の影響を受ける一方で、組織環境・風土は組織構成員の具体的行動の総体である側面も有しており、両者は相互に影響し合う関係にあるものとして把握されます。
「企業文化」は、企業内の組織毎に存する組織文化の集合体ですから、内部監査部門が、経営に貢献するという目的を果たすためには、先ずは、企業文化そのものに影響を与えるものは何か、つまり企業文化の形成要素について理解することが出発点となります。
企業文化は、主に経営トップの姿勢によって形成されますが、経営戦略や組織構造、報酬体系、業界慣習やそれらについての企業の方針、人事慣行などの要因によっても影響を受け、それらの要因は、複雑な関係の中、相互に影響を及ぼし合っています。また、このような複雑さに加えて以下の点について影響が及んでいることに留意すべきです。
(1)明示的な経営理念・行動指針と乖離した行動文化
「経営理念は立派だが組織に根付かず、形式だけが整えられている」、「組織創設の理念とかけ離れた行動が現場で横行している」、そういった現象は、不祥事を起こした企業でよく見られます。数値目標達成へのプレッシャーや問題のある組織風土が経営理念や行動指針に反する従業員の行為を誘発させて発生した不正事例は多く、前述した【図表1】に示すが如く、直近7年間に従業員により引き起こされた企業不正の約9割に、この「経営理念、行動指針と乖離した行動文化」が見られています。、内部監査部門が、企業全体及び各組織における行動文化の実態を把握し、問題が存在する場合にその原因を含めて経営者に報告することには大きな意義があります。筆者が行った調査報告書の分析からは、「経営理念、行動指針と乖離した行動文化が醸成されてしまう主たる原因として以下の3つが挙げられます。
① 数値目標達成へのプレッシャー
数値目標達成への合理的なプレッシャーが、従業員のアカウンタビリティを醸成する一方、数値目標達成への過度なプレッシャーは経営理念や行動指針に反する従業員の行為を誘発させます。
② 倫理・行動基準 の欠如
経営層が役職員に期待する行動指針につき、社会からの期待や社会的要請も含めて明確にしに、その期待との整合や乖離を表す観察可能な行動を明示することが理想的です。これらの不明確さが企業不祥事の発生やそれによる組織生産性の低下を招く場合があります。
③ 業界や組織の慣行
業界や組織の慣行を旧来のまま引きずっている企業においては、往々にして説明責任の制度化を阻む企業文化があり、それは上層の組織階層への責任転嫁を容易にし、権限行使についての説明責任が問われないような企業文化を伴うことが多いです。(※6)こうした組織文化のもとでは、責任体系があいまいで、職務間の相互牽制や職務の分離といった内部統制の構成要素が機能しないこととなります。
(2)組織毎の異なる文化
組織文化は、局所的な現象でもあり、地域や支店、部門、特定の場所で異なり得えます。組織文化は地域性を表しており、留意すべきことは、遠隔地の従業員は、組織文化や倫理に関する実際の問題や気付いている問題を報告するために本社に連絡することをためらう場合があることです。地域の組織文化が組織全体の文化をどの程度支持しているのか、あるいは、どの程度異なっているのかを認知することは企業経営にとって重要であり、問題があれば企業として対処すべきです。
なお、企業形成上の特殊な背景や上層部相互間のコミュニケーション不全が、組織毎に異なる文化を形成することもあります。財務部門がより保守的な文化を持つ一方、営業部門がより積極的な文化を持つなどは、その典型例です。経営上層部の姿勢によっては、管理部門軽視の行動文化が生まれる場合があります。
また、管理職は上層、下層を問わず、自らの影響力が及ぶ範囲で下層文化を作ることがあり、それがその組織体や企業全体の文化と相いれない場合、企業体に様々な問題を発生させることとなります。
(3)組織体の拡張
企業体として築き上げた行動文化が、海外事業展開やM&A等により希薄化され、グループとしての本来のシナジーの発揮や企業体としての効率性に悪影響を与える場合があります。組織文化に関する自由な議論は、望ましい行動について幅広く理解することや、組織文化に関する問題の報告を促すことにも役立ちますので、内部監査部門が往査を行う際にそのような機会を設けるのは大切なことです。
(4)役員間のコミュニケーション
取締役や執行役員など経営上層部の役員(経営陣)が双方向、縦横無尽にコミュニケーションを深め、経営チームとして共創力を高めている状況は、企業価値向上を大幅に加速化させる可能性を高め、配下の組織文化・風土に多大な好影響を与えます。
以上で第1回を終わります。 次回、第2回では不健全な組織文化がもたらす企業経営への悪影響(弊害)についてお話させていただきます。
(※1) Forbes,” Culture; The Most Overlooked Element of Audit,” Sept.29,2014.
(※2)Auditing_Culture.pdf (iiajapan.com)
(※3)第四次産業革命とは、IoTやAI、ビッグデータを用いた技術革新のことである。経済産業省(経産省)は、「DX推進指標」において、DX(デジタルトランスフォーメーション)のことを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義している。現在は、第四次産業革命によりDXの加速化が進んでいる状況と言える。
(※4)筆者は、「組織開発」を「組織の効果性と健全性を高めることを目指した変革の実践」と定義している。また、「組織開発」は、ウイキペディアでは、「組織の効果性と健全性を高めることを目指した計画的で長期的な変革の実践であり、組織文化や、やる気・満足度・コミュニケーション・人間関係・協働性・リーダーシップ・規範などのヒューマンプロセスに働きかけるための理論や手法の一群」と紹介されている。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%84%E7%B9%94%E9%96%8B%E7%99%BA
(※5)補充原則 2-4① は、「上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべきである。また、中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性に鑑み、多様性 の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示すべきである。」としている。
(※6) 談合や海外での賄賂などはその典型例と言える。