第1講(全6講)企業風土監査の薦め ~企業価値の向上と毀損防止・企業変革へ向けて~

一般社団法人GBL研究所 理事
渡辺樹一
(わたなべじゅいち)

新型コロナの猛威が世界を覆う中、状況が長期戦になるにつれて、これまで経営の前提となっていた多くの物事が変化し、企業においては、外部環境の変化を踏まえての既存のビジネスモデルの見直しや経営資源の再配分が必要となってきています。

経営者の関心事は、現在の緊急対応から、会社を再成長させるまでいかにして組織を再開発¹しスピードをもって経営を立て直してゆくかに移りつつあります。

企業文化は「企業内での役職員の日々の行動に影響を与える実際の価値観」であり、今ほど内部監査部門が、企業の組織に存在し得る隠れた問題を発見してそれらに対する解決策を提案し、よりイノベーティブで生産性の高い企業風土を再構築することに寄与すべき時はありません。

¹ 筆者は、「組織開発」を「組織の効果性と健全性を高めることを目指した変革の実践」と定義している。また、「組織開発」は、ウイキペディアでは、「組織の効果性と健全性を高めることを目指した計画的で長期的な変革の実践であり、組織文化や、やる気・満足度・コミュニケーション・人間関係・協働性・リーダーシップ規範などのヒューマンプロセスに働きかけるための理論や手法の一群」と紹介されている。

本稿では、6回に亘り、企業価値の向上と毀損防止・企業変革へ向けての企業風土監査の必要性とその価値、具体的な手法、そしてどのように企業風土改革の実現に結びつけてゆくかについてお話ししたいと思います。

企業文化に影響をもたらすもの

経営に貢献するという目的を果たすためには、それが健全なものであれば企業価値の向上と毀損防止をもたらす企業文化そのものに影響を与えるものは何かについて理解することが出発点となります。それによりはじめて監査対象が明確化され、適切な監査手法を採ることが可能となるからです。

企業文化は、主に経営トップの姿勢によって形成されますが、経営戦略や組織構造、報酬体系、業界慣習やそれへの企業の方針、人事慣行などの要因によっても影響を受け、それらの要因は、複雑な関係の中、相互に影響を及ぼし合っています。また、このような複雑さに加えて以下の点について影響が及んでいることに留意すべきです。

(1) 明示的な経営理念・行動指針と乖離した行動文化

数値目標達成のプレッシャーや企業風土が経営理念や行動指針に反する従業員の行為を誘発させて発生した不正事例は多く、内部監査部門が、企業全体及び各組織における行動文化の実態を把握し、問題が存在する場合にその原因を含めて経営者に報告することには大きな意義があります。

筆者の調査によれば、過去6年間(2014年1月~2019年12月)に公表された上場会社の企業不祥事262事例の4割にあたる70事例が従業員による不正会計、その他コンプライアンス違反(個人的利得目的で行われた会社資産の不正流用を除く)であり、その8割に、この「経営理念、行動指針と乖離した行動文化」が見られています。図表1は、それらの中から従業員心理が読み取れる7事例を抜粋したものですが、共通点が見られることにご注目頂きたいと思います。

①売上や利益にせよ、品質・性能データや納期にせよ組織から与えられた数値目標達成のために行われている。

②「成績を良く見せたい、経営陣の期待に応えたい」という昇進へ思いや経営陣から与えられた「数値目標が未達の場合の上層部からの責任追及や叱責を回避したい」という保身の思いが動機となっている。 

③背景的な原因として「数値目標達成のプレッシャー」と「問題のある組織風土」がほぼ共通して見られ、「組織の閉鎖性の弊害」が指摘されている事例もある。 

というものです。特に「問題のある組織風土」の過半は、「モノが言えない」、「自由に議論ができない」、「問題点が経営陣に迅速に伝わらない」といったもので、このような「風通しの悪い組織風土」が、不正の温床となり、組織の生産性の低下や経営層がリスクを把握できない事業運営上危険な状況を作り出していることがわかります。

【図表1:従業員心理が読み取れる7事例】

(2) 下層文化

管理職は上層、下層を問わず、自らの影響力が及ぶ範囲で下層文化を作ることがあります。それがその組織体や企業全体の文化と相いれない場合、企業体に様々な問題を発生させることとなります。

(3) 組織毎の異なる文化

経営陣相互間のコミュニケーションが良くない場合、例えば、財務部門がより保守的な文化を持つ一方、営業部門がより積極的な文化をもつといった場合があります。また、経営のトップの姿勢によっては、管理部門軽視の行動文化が根付く場合があります。

(4) 明確な基準の欠如

経営層が各事業に対する期待を明確しに、その期待との整合性や乖離を表す観察可能な行動を明示することが理想的です。これらの不明確さが組織の生産性の低下や企業不祥事を生み出す場合があります。

(5) 組織体の拡張

企業体として築き上げた行動文化が、海外事業展開やM&A等により希薄化され、グループとしての本来のシナジーの発揮や企業体としての効率性に悪影響を与える場合があります。


上記を踏まえ、次回の第2講では、企業風土監査の目指すところについてお話させていただきます。

渡辺樹一

渡辺樹一WATANABE Juichi

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渡辺樹一コンサルティング事務所 代表
一般社団法人GBL研究所 理事
米国公認会計士、公認内部監査人、公認不正検査士

一橋大学法学部卒業、伊藤忠商事他企業を経て、現在は、コンサルタントとして取締役会評価、内部統制構築支援、上場企業の役員研修・幹部社員研修等に従事。早稲田大学非常勤講師、東証一部及びJASDAQ上場会社の社外取締役、株式会社ジャパン・ビジネス・アシュアランスのシニアアドバイザーなども務める。

日本取締役協会会員、実践コーポレートガバナンス研究会会員、会社役員育成機構会員、日本内部監査協会会員、日本公認不正検査士協会会員

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